内閣総理大臣「石橋湛山」先生より名ずけられた"貫一"の由来

石橋湛山

尾崎紅葉

上野屋の歴史

上野屋の歴史

石橋湛山先生が静岡を選挙区としていたことから当館の初代館主との交友が始まりました。


"貫一"という名は、明治の文豪、尾崎紅葉の「金色夜叉」の主人公貫一の名と、「一つのことを貫く」という意味も含め石橋先生により命名されました。


先生の手記にもよく貫一の名がでてきたようです。世界平和を願い自らの意志を貫いた、石橋湛山先生のお心が感じられます。


[石橋湛山]
石橋 湛山(いしばし たんざん 1884年9月25日)

日本のジャーナリスト、政治家、教育者(立正大学学長)。階級は陸軍少尉(陸軍在籍時)。位階は従二位。勲等は勲一等。大蔵大臣(第50代)、通商産業大臣(第12・13・14代)、内閣総理大臣(第55代)郵政大臣(第9代)などを歴任した。早稲田大学から名誉法学博士(Doctor of Laws)を贈られている。
-「ウィキペディア」より-


[尾崎紅葉]
尾崎 紅葉(おざき こうよう 1868年12月16日)

東京生まれ。作家、俳人。帝国大学中退。明治18年(1885)大学予備門在学中、山田美妙らと硯友社を結成し、機関誌『我楽多文庫』を発行。22年(1889)『二人比丘尼色懺悔』が出世作となり、同年読売新聞社に入社。以後同紙に『伽羅枕』(1890)、『多情多恨』(1896)などの作品を発表する。30年(1897)に開始された『金色夜叉』の連載は人気を博したが、病没で未完に終った。泉鏡花など多数の門弟の育成・指導にもつとめた。
-「近代日本人の肖像」より-


[金色夜叉]

金色夜叉(こんじきやしゃ)は、尾崎紅葉著の明治時代の代表的な小説。読売新聞に1897年(明治30年)1月1日~1902年5月11日まで連載された。愛欲と金銭欲との葛藤を描いた尾崎紅葉未完の小説です。

[貫一・お宮の像]

尾崎紅葉の代表作『金色夜叉』で主人公貫一とお宮の別れの舞台となった場所に立つ二人の像が熱海海岸にございます。 緑地帯には2代目となるお宮の松が植えられています。日没から22:00までは銅像がライトアップされます。

 

施設インフォメーション

■施設概要
総客室21室/駐車場 20台(1,575円)
男女別大浴場/宴会場/自動販売機
マッサージルーム/エステルーム/ラウンジ
ロビー設置のPCにてインターネット利用可
■宿泊概要
チェックイン:15:00
チェックアウト:10:00
チェックイン時刻18:00を過ぎる場合はご連絡下さい
■お食事場所
朝食・夕食:御部屋
7名様以上は個室での御食事のご用意となります。
■お支払い方法
現地決済となります。現金のほか
クレジットカードもご利用いただけます。
JCB/VISA/マスター/AMEX/UC/DC/NICOS/UFJ/セゾン
カード対応
■キャンセル料について
3日前17時から 宿泊料金の30%
2日前17時から 宿泊料金の50%
前日17時から 宿泊料金の70%
当日17時から宿泊料金の100%
■その他料金について
入場税を別途お一人様150円頂戴しております。
■全館無線LAN対応のお知らせ
全館無線LAN対応が可能となりました。詳細はこちら

http://www.atamikanichi.com/m// 3キャリア対応 http://www.atamikanichi.com/m/


▲ページトップへ